「場所によって変わる自分」。イタリアで撮った写真は楽しそうだけどフランスで撮った写真はだいたいいつも表情硬くて笑ってない・・写真ってけっこうわかりやすい。自分で自覚ない人も写真見てみると気づくかも。

その日、モナコ・ガイに、彼の経営するフランスの店に「一緒に行こうよ」と誘われたのですが断りました。行きたくなかったので。

イタリアなら行きたいけどねえ・・フランスはねえ・・

フランスには長らく憧れがあったけれど・・でも私が憧れてた頃のフランスと今のフランスは全然違うみたい・・パリなんか今は黒人だらけ。一瞬「えっ、ここアフリカ?」って思っちゃったほど・・。あとファッション誌に出てくるパリジェンヌやフランス人って本当に素敵な人たちだけなんだなあと知った。フランス人と言えばそういうおしゃれでとても素敵なイメージがあるけど、みんながそういうわけでもないし、実は大多数はそうでもない。(その辺は、例えば日本の雑誌に載ってる人たちが素敵な人たちだけなのと同様なのかもねえ・・)

まあそういう意味ではどこも同じなのかもねえ・・そんなもんよね

先日、自分の写真見てて、ふと気づいたんですけどね・・

フランスで撮った写真では、私笑ってないんですよね・・笑顔の写真がほとんどなかった・・

そういえば私フランスではいつもこんな感じかも・・確かにフランスではあんまり楽しいとは感じないしなあ・・

いっぽう、イタリアで撮った写真は満面の笑みで楽しそうに写っている写真が多いんです。ブログにはあんまり載せてないけどね・・

それにしても対照的なので自分でも驚きました。あんまり自覚なかっただけに・・

そして「う~んちょっとこれはよく考えなくちゃ・・」と思いました。これほど違うんならねえ・・

これからどんどん歳とるし私には頼りになる家族、特に誰もいないので、これからも基本一人でなんとかやっていかなきゃいけないので、一人でも元気で明るく健康で生きて行ける所になるだけいたいのです。

もし私が重い病気になったりしたら。周りの外人たちからきっと「日本帰ったほうがいいんじゃ」って言われるだけなのよきっと。そんなもんだよきっと。健康な時は一緒に楽しく過ごせたとしても。病気なっちゃったら話はまた別よね。

だから私は健康管理には人一倍気を付けないといけないのよね。海外で一人で暮らしていくなら病気なんかしてられないのよ。ただただ明るく元気に生きてくのみよ。だいたい「元気で生きて行くため」に海外来たんだしさあ。もともとの理由がそれだもん

ちなみに私は日本では「笑わない女」「しゃべらない女」でしたねえ・・(笑)

周りからは「もっと笑え」「もっとしゃべれ」とよく言われてましたが、「・・なんでそんなことまで言われなきゃいけないのよ?」と心の中でいつも憤慨してました。笑いたいときに笑ってしゃべりたいときにしゃべりたいよ。それは個人の自由やろ。なんでそこまで指図されなきゃいけないのよ?的な怒りね。

だから割といつも「怒ってる女」でしたねえ・・特に若い頃は酷かったねえ。怒りが激しくて怒り過ぎて体に炎症起こすほど怒ってましたねえ(;’∀’)そこまで怒らなくてもいいのにね(汗)

でもまあ若いからそれほどまでに怒るパワーがあった、ってことかもしれないけどねえ。年取ると怒るパワーも減るよ。何よりいつも怒ってるとてきめんに具合悪くなっちゃう病気になっちゃうからねえ。ヤバイのよねえ。この年で病気するとねえ。しかも海外だしねえ。

だから「何か怒らずに済む方法ないかなあ」などと考えるようになるという(笑) 怒るより、そういう方向に頭使うようになるというか。確かに怒ってても何も解決しないのよ。怒ってるとなんかいろいろ破壊的な方向に向かって行ってしまうしねえ。

それよりも「何かいいアイデアないかな?」「なんとかする方法ないか?」などと考えて、アイデアと発想の転換しようとしたり方法を調べたり考えたりするというね。まあ毎日ホントにいろんなことしていろんなこと考えてますねえ。そして毎日何かしら方法ないかと考えてりゃあ実際次第に何とかなっていくというね

話し戻しますが

でも場所によって変わるのは、別に私に限ったことではないようで。けっこう誰でもそうなのかも。先日、鑑定依頼者から頂いたご相談文にも書かれてありました。

話は変わりますが、昨年親のクルーズ旅行についていくことになり、神戸から宮崎・基隆・宮古島・東京を巡ってきました。
宮崎ではいつものつまらない感情が、基隆・宮古島ではとても明るく自然に笑えて、船の中では初めてダンスに誘われて踊ってみたり、20代で一番活き活きした日々を過ごせました。
しかし東京に近づくとまた無感情が顔を出して、神戸では風邪で酷い顔に。
身を置く場所で、こんなに自分が変われるのかと驚きました。

そうなんですよね・・場所によって人は変わるんですよね・・気分が全然変わるというか、なぜだか自分が全然違ってたりしますよね。それも自然に・・ダンス誘われたりしたのも楽しそうにしてたからダンスに誘われるわけで。「つまんなさそう」に暗い顔してたら絶対誘われませんよね。誘う方も誘いにくいですからね。もし自分が男だったら、と考えたらすぐわかりますけど、誘うならそりゃあ見た目なんだか楽しそうにしてる女の子をダンスに誘うよね。表情暗くて具合悪そうだとそりゃ誘う方も誘いにくいからねえ

楽しいとますますチャンスつかみやすいよね。(そして楽しくないとその逆)

クルーズだと、場所ぐるっと移動するからわかりやすいよね!神戸から九州・宮古島、東京までぐるりと周遊するなら、場所の違いを比較しやすくていいよね!(笑)

確かに全然違いますよね・・気分がね・・そして「いい気分」で生きることって健康上とても大事なことですよね!「あ~楽しい~」って思ってると免疫力も絶対上がるしね!健康第一よね。健康でないと気分悪いと何しろ自分がキツイもんね。

私の鑑定依頼者ってだいたい繊細な方や弱い方が多いんですけど

よく思うのはですね

弱い人が弱いままでそのままで楽しく気分良く暮らせる場所・相手を見つけるのが一番イイですよね。

持って生まれた強さや弱さって、生まれつきものって実際あります。「持って生まれたもの」ってそれほど変えることができないです。ただ、強い弱いってのは他者との比較の問題でもあります。弱いのがいるからこそ相対的に強いのが存在するわけで。同じだったら比較にならないわけで。

そしていわゆる強い人というのは、そこに弱い人がいるからこそ、より強くなれるようなところが確かにあります。・・だからこそ、強い人は、弱い人が強くなること、強くなろうとすることを望まないことも実際多いですよね・・。なんだかちょっと残念なことですが・・。まあ確かに同じように強くなっちゃうと時にライバルになっちゃうかもだしねえ。張り合っちゃうかもだしねえ。強い自分でありたい人にとっては「確実に自分より弱い人」「強くなる見込みのない人」などのほうが一緒にいて安心だし居心地も良さそうよねえ

日本人男性や日本の社会が、女性に対し、女が弱くてアホで女が耐えてガマンしているような状態を望むのは、弱い人がいないと彼らが強くなれないから、強さを感じることができなくなるからなのかもしれません。アメリカ男もやたらヒーローとか筋肉にこだわってるようなトコありますけど、ほぼ同じような理由でしょう。

だから、弱く繊細な人ほど相手をよく選ぶ必要があると思います。あと場所もね。

なぜならそうしないと自分が潰れていくから。そして潰れて行く人を必要とする世の中だから。

強い人は実は弱い人を必要としているのです。自らがより強くなるために。そして時に弱い人を叩きます。なぜならそのまま弱くあってほしいからです。自らが強い人で居続けるために。

弱い人はそこのところはよく覚えておいたほうがいいと思います。

だから弱い人こそ、相性の良い人をよく選ばないとと思うのです。

なぜなら相手と相性良くて相手が強い人ならば、弱い人も一緒にいて居心地悪くないし、一緒に居ても辛くないし、守ってももらえてとっても助かるかもだけど。

弱い人が相性の悪い強い人と居続けると・・辛いのでますますどんどん弱くなっていって、結局メンタル壊したり体壊したりして、なんだか踏んだり蹴ったりになりがちかもなので。

そしてそういう場合の「ガマン」は報われない、評価されないことがとても多いので。

ただただ、ず~っと我慢させられるだけなので・・。