モナコのスタバ。黒人男。「お金が大好き」「外国人客から小銭ちょろまかすのが大好き」「そういうのがとっても楽しい」のならば、きっと彼はそれを一生やめられないのだろう。だってそれが彼の「快楽」「楽しみ」なのだから

鑑定書作りにモナコのスタバ行きました。

私はここで働いている黒人男がニガテです。

なぜなら、彼はレジで、外国人客の小銭をちょろまかすのが大好きなのです。とっても嬉しそうに小銭をちょろまかします。小銭ちょろまかすときの顔がとってもイキイキしています。

そんな彼が先日、上司らしき人に叱られてションボリうなだれているのも見ました。「バレて叱られてるのかな?解雇されるのかな?彼にはお金を扱う仕事は無理」と私は思いました。でも解雇もされず。まだいるよ・・

なので彼がレジにいるときは、私はお札や小銭で払わず、あえてクレジットカードで払うようにしました。でも昨日は、彼は私のクレジットカードを持ったまま、一人でフランス語で嬉しそうにベラベラしゃべり続けてた・・1分か2分くらい。長いよ。私のクレジットカードを握ったまま、嬉しそうにしゃべり続ける。何なのこの人?(普通クレジットカード渡したらすぐに機械に通し処理して客に返しますよね)

私のクレジットカードを握りしめてはしゃぐ男・・何がそんなに嬉しいのか?(ちなみに日本人は今でも「金持ち(=金づる)」と外国人からは思われています)

ふと「・・この人どんだけお金に苦労したんだろう・・」と思いました。アフリカ出身でヨーロッパ来てる黒人は貧しい人たちも多いです。それも極貧だったりします。そしてその貧しさゆえに「お金が欲しいな、盗めたらいいのに」という願望を子供の頃から育ててしまったのかもしれません。そういうのに心躍りワクワクするようになってしまったかもしれません。

「お金が欲しいな、働いて稼ぎたいな」ではなくて。

この黒人男、明るくておしゃべりで、そうそう悪い人でもなさそうなだけに、私もかえって対応に困ってしまいます。(周りの他のスタバ従業員たちも彼には困り顔)。それにモナコ・ガイはしょっちゅう貧しい黒人に小銭上げてる人なだけにねえ・・私も小銭くらい黙っておいた方がいいのかもなあ、「小銭ちょろまかすな」とか言うともしかしてみっともないのかな?とかも思うし。ここモナコだし・・なんか困っちゃうよ・・でもスタバはチップあげるような店でもないし、困ってるのにチップあげることもないだろうし

もし彼が「極悪人」の顔をしていたら、また違っただろうけど・・高い声でニコニコしながらしゃべる、おしゃべり黒人男。「極悪人」のイメージ皆無。

きっと「お金が大好き」「クレジットカード大好き」「小銭盗むのが好き」なんでしょうねえ。普段からとても楽しそうに小銭ちょろまかしたりクレジットカードなかなか返さなかったり。スタバよ、こんな人をレジに置いてていいのか。

まるで子供みたい・・でも子供が親類相手に小銭もらったり、そういうことするのとはワケが違いますからね・・オトナだし、それも店で働いてるんだしさ・・勤務中にねえ・・(でもモナコのマクドの黒人女性からもこの前小銭ちょろまかされたよ。モナコで働いている黒人たちの中では、外国人から小銭ちょろまかすのが今ブームなのかも?または「そんなのフツー」なのかもしれない。だだその黒人女性はそこまで嬉しそうではなかったので私もそれほどは気にならなかった)

でももしそういうのが大好きなら。それが快楽なら、きっと彼は一生やめられないでしょうねえ・・。そんな人も実際いるんだなあ・・と、目の前でとっても嬉しそうに私のクレジットカード握りしめてなかなか返さない黒人男見て思いました。

台湾で、タクシードライバーからもちょっと多めに請求されたことはよくあった。だけど彼らからは「生活のためです、すみません」って印象を受けた。こんな風に嬉しそうにはちょろまかさなかった。だからなんとなく許せたけど・・

嬉しそうすぎるんだよ!アンタ!!(黒人男)「すみません」的な感じならまだしも・・・そんなにとっても嬉しそうに小銭目の前でちょろまかすなよ!(と言いたいが黙っている。イタリアでだったらガンガン言うのになあ。国によって自分のキャラが多少変わるのも感じる)

彼は小銭ちょろまかすことを「恥ずかしいこと」とは思っていないようだ・・むしろエンジョイしている・・楽しんでる・・小銭ちょろまかすのが彼の楽しみ・・

こういうタイプの人が一番困る。愉快犯。

「やめてください」と言ってもきっとやめないのだろう。むしろ嫌がっている人(私)がいることにより喜びがより増しているかもしれない。実際そんな感じさえする。

人は快楽に支配されています。そして何に対して快楽を感じるかは人によってさまざまです。

「地中海沿岸のヤツらは盗むのが好きだ」とモナコ・ガイは言います。そして「それが彼らのキャラクターなんだ」と。そうなのかもねえ・・なんだか盗みをエンジョイしている感じがねえ・・

確かに、フランスはともかくとして、イタリア・スペイン・モロッコなど地中海沿岸では盗みはけっこう「普通」「よくあること」です。どこでも頻繁に起こっています。

そして彼らの多くは盗みを恥ずかしいこととは捉えていないみたい・・盗むことで、スリルと楽しみとお金が得られます。どこか「うまく盗むことができた自分ってスゴイ」とさえ思っているみたいです。認識が違います。価値観が違います。何より快楽を感じる部分が違います。盗むことで、スリルと楽しみとお金が得られる上、時には友人や仲間から「スゴイね」と賞賛さえ得られるのかもしれません。きっと友人や仲間内では「外国人女から小銭ちょろまかしてるぜ俺!HAHAHA!」「そうなの?じゃあ私もやってみようっと」。きっとそういう会話が交わされていることでしょう。

だからこれから彼がレジに立っている時には「とにかく買わない」ことに決めました。関わりたくないから。私が列に並ぶとなぜかわざわざ彼が来ちゃうこともある。だけど、彼が来たら何も頼まず無視して黙って席に戻ろうと思う。(何も頼まず座っている人たちも実際いるのでもうこの際いいかと)。なぜなら私はそんな人に関わってはいけないし、そんな人に視線をさえ向けてもいけないと思うので。(なぜならそれが「機会」を与えてしまうことになるから)。とにかくもう黒人からは何も買わないようにしようと思う。いつもろくなことがない。それに実際、レジで白人からお金ちょろまかされたことはまだ一度もない。だからとにかくこれからは白人とだけ話すことに決めた。これから黒人の小銭ちょろまかした彼のことはもちろん全無視だ。あと私はとにかく黒人には目を向けない、話さないほうが良さそうねえ・・(私は今までいわゆる「善良な黒人」にまだ一度も会ったことが無い。一度も。黒人でも中にはイイ人もきっといるんだろうとは思うが・・でもそういう黒人には一度も会ったことが無い。それが私にとっての現実なので)

私が目を向けるべきはもっと良い人達、もっと私に優しい人たちだと思うので。そういう人たちは私を困らせたりなんてしないので。だから私の視線はしっかりそこに、「優しい人たち」に視線の先を合わせるべきだと思う。

自分を困らせる人と関わる意味がわからないしねえ。逃げるが勝ちというか避けるのが正解でしょうね。そして私が彼を避け、関わらなければ彼も小銭を盗む人を一人減らせるわけで、結局は彼のためにも世の中のためにもイイんじゃないでしょうか。

この場合「関わらないこと」が一番の解決方法ですよね。なぜなら被害者がいなくなれば、加害者もいなくなるのですから。だから、一緒にいればトラブルになる人からはできるだけ離れておくのが鉄則かもなのよね。もしトラブルを望まないのならね。

フランスでは盗みは「恥ずべきこと」みたいですが、その代わりストライキがやたら激しいですよねえ・・今年はあの黄色いベストがたくさん売れたんだろうねえ・・

日本人の多くは盗むことはしませんよね。日本では盗みはとても「恥ずかしいこと」とされていますよね。そういう教育がされているしそういう認識だし、実際ほとんどの人が盗みませんよね。その点では日本人は本当に素晴らしい国民性を持っていると思います。その点ではたぶん世界一です。(落ちてるお財布を交番に届けたりするのはおそらく世界で日本人だけだよ)。そこはイイんだけど・・

その代わり、人を「叩く人」がなんだか多過ぎる気がします。あと言葉で勝とうとするとかマウンティングしようとする人とかも妙に多いですよね。そこに「フレンドリーさ」はありません。仲良くしようとする気がなさそうです。

仲良く話しながら小銭ちょろまかすアフリカ男と真逆です。

コミュニケーションしつつ小銭盗もうとする人たちと、盗まないけど口で人を叩く人たちと、どっちがいいんでしょうねえ・・

比較できないけど・・

日本とヨーロッパのコミュニケーションでの大きな違いは、「人を叩くこと」なんじゃないかなあと思うほどです。だから日本では「叩かれまい」と防御してる人たちが多いです。なぜならそれが必要な所だからです。盗む人たちが多ければ「盗まれまい」とするし、叩く人たちが多ければ「叩かれまい」としますよね。だから日本のブログってほぼ匿名だし、ブログにもそうそうホンネ書けないので日本のブログはあんまりおもしろくないです。面白いと思ったブログがあっても、叩く人のせいで、そういうブログが次第に消えたり無くなっていくのがとても残念です。

叩くことで「言論規制」してるのかもしれないけどねえ・・アラブやアフリカなどでは今も言論規制がされてるけど・・日本もそうなのかもしれないねえ・・ただおおっぴらにはやらないだけで。建て前だけは自由だけど実際はそうじゃないもんね・・

これだけ叩く人が多いし、そういう人たちが妙に幅きかせてるってことは、きっとそういうことなのかもしれないよね。(フランスだったらまずありえないことなのでねえ)

あと、日本では「人を叩くのが快楽」になっちゃってる人たちもなんだか多そうですねえ・・

でもそれが快楽なら、きっとやめられないでしょうねえ・・

そして「人を叩くのはダメ」「人を批判ばかりするな」などの教育は日本では全然されていないのでなおさらでしょうね。

むしろ「批判する人の方が偉い」「賢い」みたいな風潮もあるような。ただそれではコミュニケーション上のトラブルは増すだけでしょうねえ。日本人がコミュニケーションが下手なのはきっとそういう理由もあるのかも。日本人、海外来ても外国人とあんまりしゃべらないよね。ただニコニコしてるだけで。

「女性騙すのが快楽」な人はネット上でロマンス詐欺続けるんでしょうしねえ。(日本人女性はちょろいと思われてるので白人男に騙されないよう注意ね。日本人男性が普段からもっと日本人女性を褒めてあげていれば、きっと外国人男の甘い言葉に舞い上がったりしないのに。日本人男性、女性を褒めるのとコミュニケーションが下手過ぎるよ。練習した方が良い)

話し戻しますが

犯罪者の多くは、犯罪が快楽と結びついているので、やめることができません。性犯罪とかまさにその典型ですよね。

そして次第にもっと大きな刺激を求め、次第にエスカレートしていきます。

そしてそれに次第に毎日大きなエネルギーと時間を費やすようになります。時には人生をそれに費やします。中にはそれで人生を棒に振る人もいます。

だからその人が何に対して快楽を感じるかで、その人の人生が決まっていく部分はありますよね・・

ちょっとヤバイ方面に快楽を感じるなら、方向性を変える必要がありますよね。他の楽しみ見つけた方がいいかもよね。もっと生産的な方向で。方向性って、よくよく考えてみると、生産的か、破滅的か、停滞か、のどれかしかないよね。それなら生産的が一番いいよね

「働くのが快楽」とか「勉強するのが快楽」「瞑想が快楽」とかだと一番イイんだけどねえ・・

だからできるだけ好きな仕事や、好きな勉強した方がいいよ。

実業家が可能な限り仕事をどんどん大きくしていくのは、それが快楽に結びついているからですね。傍で見ているとその規模や方法、動かすお金の額に恐れを抱くことさえありますが、彼らにとってはそれが快楽なのです。だからきっと怖くないんだろうなあと思われます。

その人が好きで長く続けてることを知ると、だいたいその人のことがわかりますよね。

好きで長く続けてることって、大事ですよね

それがその人を形作っていきますよね

私の場合はブログと西洋占星術ですかね~

今、読みたい西洋占星術本があるんだけど、ドイツ語で書かれた西洋占星術本で読みにくい。「誰か訳してくれないかなあ~」と思っています。学生の時ドイツ語2年間やったけどもうすっかり忘れちゃった。別に日本語訳でなくて英訳でもいいんだけどね~。本出ないかなあ~